まず、これまでのご経験や取り組まれてきたことを教えていただけますか?
はい。私は三代目として生まれて、長男でしたので、いずれ継ぐんだろうなと小さい頃から会社のイベントにはよく参加していました。三代目になることを強く意識していて、大学生の時に父と話して早い段階で継ごうと決めました。大学を卒業してすぐに入社して、27歳の時、2008年に社長交代しました。
就任のタイミングはリーマンショックの年でしたね。どんなスタートでしたか。
それまで根拠のない自信で「社長になったらうまくいく」と思っていたんですが、就任直後に業績が下がりました。よく「三代目は会社を潰す」「ボンボンだ」と言われるじゃないですか。だから絶対潰してはいけないと、数字・利益・管理に力を入れ、社員の雇用と生活を守る責任感で動きました。結果はV字回復できた一方で、「働きやすさ」や「会社の目的」など本質には当時あまり目が向かず、退職者が多く出た時期でもありました。
その頃、「盛和塾」で稲盛和夫さんの哲学に触れたとお聞きしました。
はい。同時進行で学び始め、経営理念を大事にする経営に切り替わっていきました。「全従業員の物心両面の幸福」を掲げ、社員がいきいき働ける環境づくりを実践しています。その取り組みで「Great Place to Work」にも表彰いただきました。さらに「人類社会の進歩発展に貢献する」という後半の理念も掲げています。
そもそも、創業はどの領域だったのでしょうか?
塗装用の刷毛からスタートです。そこから工場用ブラシ、さらにサーバールームやデータセンター向けのブラシへと展開してきました。
事業展開の背景をもう少し教えてください。
創業者の逝去が早く、父が18歳で継ぎました。当時は差別化できない刷毛を売っており価格競争ばかり。「女性と子どもでやってもすぐ潰れる」とまで言われた。そこで生き残るため、どう差別化しお客様に喜ばれるかを父が考え、働きながら慶應の通信でマーケティングを学び、経営と商品開発に落とし込んだ。以降は新しい業界に挑戦しながら用途開発を重ねる歴史です。
工業のバリ取りや自動車・鉄鋼向けのワイヤーブラシ、食品業界の清掃用ブラシ、防虫用ブラシへと広がりました。現場と向き合い用途に合わせて工夫し、自社商品を作る──それがうちの成功パターンです。
防虫ブラシに着目した経緯には、どんな背景があるのでしょうか?
当社は在庫販売の新商品と、お客様の要望に合わせる特注の二本立てです。特注で防虫用途に使われている事例に出会い、「これは面白い」と。最初は一現場向けに特注で作っただけでしたが、同様の課題は多いはずと考え、専用品の開発に踏み出しました。もう20年くらい前で、父(二代目)の時代です。世界的にも薬剤を減らし環境管理する流れがあり、定着していきました。
その後は、どのように展開をさせていきましたか?
隙間を効果的に塞いで侵入を防ぐのが基本です。当初は1種類でしたが、それだけでは隙間に合わず防げないケースがある。場所や隙間に応じて種類が広がり、害虫の種類に合わせた専用ブラシ(ムカデ専用、ネズミ専用など)も生まれました。最初に対象にしたのはゴキブリ、あるいはアリだったと思います。
海外活動についても教えてください。
NPA(米国の害獣関連団体)の年次カンファレンスに初出展しました。もともと国内中心でしたが、資格取得や共同改良を通じて特許化できる技術力も蓄積され、国内での認知を世界の課題解決に生かしたいと挑戦しています。海外は住環境や発生虫が日本と違い「使えない」と言われる出発点もありましたが、現場ニーズに応じて開発を重ねる中で評価は変わってきました。海外も基本はBtoBです。
従業員の皆さんの変化や反応を見ていて、何か感じることはありましたか?
数字最優先だった頃は、従業員は「管理される側」になりがちでした。だからこそ生き生きしていなかった面もあったと思います。それは経営者の責任です。理念経営に切り替えたことで、そこが変わってきた感覚があります。
ファミリービジネスとして意識している点はいかがでしょうか?
私は三代目です。創業者の男兄弟3人からのビジネスが喧嘩別れして「京阪ブラシ」→「バーテック」につながった経緯があるので、家族はリスク要因という見方が昔からありました。しかし、2015年ごろ「日本ファミリービジネスアドバイザー協会」で学び、考えが変わりました。やり方次第でファミリーは大きなリソースであり応援であり強みになり得る。
以降、強みを生かしつつ弱みは仕組みでカバーする発想になりました。ファミリービジネスにも多様な形があり、オーナー経営、オーナーとビジネスを分ける形など、次世代が多様な選択肢を取れるようにしたい。
三代目の使命は「より良いものにして次につなぐ」ですが、継ぐこと自体が目的化すると自分の命が手段になります。でも、それは違う。自分が今を懸命に生き、輝いた結果として事業がつながるのが目標だと近年考えています。
これからの展望を、社会や世界まで含めて教えてください。
ここ数年で、自分の命の使い方に関する価値観が変わりました。事業は強みを社会にどう生かすか。うちで言えば「ブラシ」という領域を掘り下げつつ、データセンターなどブラシ外の領域にも広げていく。人間だけが良ければいいのではなく、すべての命に感謝し、環境と人のおかげで生かされている意識を持つ。「自分が自分が」という社会ではなく、感謝と他者への思いやりを大切にする社会のほうが、きっと良い世の中になると考えています。
新規にリーチしたい業界があったら教えて下さい。
今のところ新しい業界はありません。ただ、防虫は世界・地域にまだ大きなギャップがあります。隙間を防ぎ、薬剤を最小限にする物理的対策の余地は大きい。ブラシ自体も環境負荷の低い素材へ進化させたい。
海外展示はまずアメリカに集中しています(広いですから)。東南アジアやシンガポールでは日本で使えない薬剤がまだ使われています。そこに物理的対策が入れば地球規模で環境負荷を減らせるはず。人の居住空間と虫の空間をブラシで分け、共存の関係をつくれたらいいですね。
公衆衛生・環境衛生との関わりや、コミュニティづくりについては、どのようにお考えでしょうか?
硬い公衆衛生の話に限定せず、良い未来を作りたい人たちのコミュニティづくりが裏テーマです。医療、都市開発、エリアマネージャーなど、普段接点のない人たちが交わり、何か一緒にできればと。経営と「何のために生きるか」を突き詰める中で、自分の命と虫の命を並べて考えるようになり、価値観が変わってきました。
現場では、建物の穴が原因で虫が入り、薬剤で対応してゴミとして捨てる。その行為が人の心理や健康にどう影響するかも考えると、方法を変えるべき場面がある。本当に薬剤が必要な局面はありますが、普段から少し気づいて小さなアクションを変えれば薬剤は減らせます。
具体的には、どう変えられると思いますか?
たとえば「ここの点とここの点をつなぐだけで、入りにくい街にできる」ことがある。まだまだできることがあると思って動いています。実益に直結しない部分もありますが、ブラシの技術で人の価値観や意識に働きかけたい。スマートなビジネスに結びつくこともあるし、共鳴があるからこそできる取り組みもある。引き続きやっていきます。
教育分野への発信もされていますよね。
若い学生さんや子どもたちの反応はとても良い。虫の話も特に子どもたちがよく聞いてくれます。昨年から小学生向けの「子どものキャリア塾」に登壇する機会もできました。
最後に、就任から17年を経て、今いちばん大切にしている問いは何でしょう。
「何のために事業を行うのか。何のために三代目として生きるのか」。その問いを持ち続け、社員とともに命を輝かせる。ブラシの領域を深め、必要な場面では領域も広げ、環境負荷を減らし、人と虫が共存できる距離感を技術でつくる。そういう未来に、事業で貢献していきたいですね。

