アメリカのPCO(ペストコントロール・オペレーター)業界はどのように始まったのでしょうか?
アメリカでは、独立後に新天地を求めて移住してきた人々が東海岸に到着しましたが、当初の生活環境は非常に厳しく、衛生状態も悪かったといいます。奴隷として連れてこられた人々も劣悪な環境で暮らしており、その結果、ネズミや南京虫、ゴキブリといった害虫が街に蔓延していたそうです。
かなり過酷な環境だったのですね。
そうですね。そうした中、1840年頃には移民の間から小さな害虫駆除会社が生まれました。ニューヨークでは、社長の名前からユダヤ系とわかるような会社も多く見られました。彼らは非常に優秀で、学ぶ意欲が高かったですね。
すでに協会もできていたのでしょうか?
はい。1933年にはPCO協会が発足しています。ただ当時は「ラットキャッチャー」や「バーミン・エクスターミネーター」といった呼び名が主流で、業界の人間からも「あの言葉は嫌だ」という声が多くありました。
そのイメージを変える動きもあった?
ありました。パデュー大学の教授が「ペストコントロール」という表現を提案し、「ナショナル・ペストコントロール・アソシエーション」という名称が定着しました。
その後、名称の変更があったのですね?
はい。「コントロール」という言葉が持つ強い印象──つまり「完全に抑え込む」というイメージを和らげるために、「マネジメント(管理)」という表現に変わりました。2000年のラスベガス大会で「ナショナル・ペストマネジメント・アソシエーション」となりました。
日本ではいつ頃からPCOの活動が始まったのでしょう?
日本でPCO協会が始まったのは、1964年の東京オリンピックの前後です。当時、最大の課題はハエの発生でした。
なぜハエがそんなに多かったのでしょう?
当時のゴミ収集体制がめちゃくちゃだったんです。下水道もほとんど整備されておらず、ドブ川のような環境が残っていました。そこからイエバエやアカイエカが発生し、日本脳炎なども起きていました。
その後、状況は改善されていきますか?
はい。戦後20年が経ち、日本は大きく復興しました。都市のインフラ整備が進み、とくにゴミ収集が整ったことで、ハエの発生は劇的に減りました。今ではハエを探す方が大変なくらいです。
その後はどんな問題が出てきましたか?
高度経済成長期に入り、大都市にビルがどんどん建ち始めました。その中で、ビル内でのチャバネゴキブリやチカイエカの発生が問題となりました。また、ネズミの問題は戦後からずっと続いています。こればかりは本当に難しい。
専門業者の育成はどう行われたのでしょう?
1969年にビル管理法が制定され、それに伴って専門業者を育てる必要が出てきました。当時は196社が活動していましたが、社団法人化の際には261社に増えていました。
1990年代になると、環境問題の意識も高まってきますね?
はい。その頃から殺虫剤に対する批判が強まりました。1974年に出版されたレイチェル・カーソンの『沈黙の春』がきっかけとなり、殺虫剤が自然に与える影響が大きな社会問題になりました。PCO業界も当然その流れの中で批判を受け、対応に苦労しました。
環境への配慮として、海外ではどのような現場対応が行われていたのでしょうか?
私がシンガポールを訪れたとき、学校が終わる時間帯に殺虫剤の噴霧作業が行われていて、子どもたちが逃げていく光景を目にしました。正直、あれは良い方法とは思えませんでしたが、彼らも必死なのです。マレーシアなどから感染症が持ち込まれるリスクがあり、対応せざるを得なかったのでしょう。現在では日本国内でスイングフォグを使う必要は、ほとんどなくなりました。
日本でも殺虫剤に関する調査や規制が進められたのですか?
はい。その後、環境庁(現・環境省)が「SPEED ’98」という調査プロジェクトを立ち上げ、65種類の化学物質について環境ホルモン作用があるかを検証しました。私たちが使用していたマラソン、パーメスリン、サイパーメスリンといった殺虫剤も調査対象に含まれていました。一部では「業界が終わるかもしれない」との不安もありましたが、結果として「人類が滅びるような危険性はない」と結論づけられました。
それでも不安の声は残っていたのですか?
はい。その後に出てきたのが、いわゆる「化学物質過敏症」の問題です。これはある物質に長期的・高濃度に曝露されると、ごく微量でも体調不良を訴えるようになるというもので、日本では「シックハウス症候群」の一種として認識されました。ただ、いまだに原因や症状の仕組みははっきりしておらず、北里大学などが研究を続けていますが、専門家の間でも見解の一致は得られていません。
業界としてはどのように対応したのでしょうか?
そこで私たちは、「IPM(総合的有害生物管理)」という新しい考え方を導入することにしました。私は以前からアメリカのIPMの動きを機関誌などで紹介し、「これでいこう」と提案していたのですが、協会でも同意が得られ、田中郁夫さんらとともにIPM委員会を立ち上げたのです。
具体的にどのような取り組みを?
研究費も確保し、私と田中さんでアメリカ視察に出かけました。サンフランシスコ、ニューオーリンズ、ワシントンを訪れ、現地のPCOや農務省、EPA(環境保護庁)から情報を収集して、日本版のIPM指針となる報告書をまとめました。
IPM導入には障害もあったのでしょうか?
ありました。ビル管理業界の一部で、「IPM=薬剤を使わない=安く済む」という誤解が広まり、PCO業者の見積もりが安く叩かれるようになってしまったのです。これは誤解に基づく価値の低下でした。
現在では、殺虫剤に対する評価はどう変わっていますか?
環境省(当時は厚生省)が法改正などの対応を進めた結果、殺虫剤に関する苦情はほとんど聞かれなくなりました。事故や薬害も稀で、むしろ現在は家庭内での誤った使い方のほうが問題視されています。
その後、感染症対策にも関わるようになったのですか?
1999年に感染症法が改正され、世界的な人の移動が活発になったことで、感染症が海外から持ち込まれるリスクが高まりました。そこで1998年(平成10年)に「感染症予防衛生隊」を立ち上げました。
実際に出動するケースもあったのでしょうか?
ありました。翌年の正月明けに山口県で鳥インフルエンザが発生し、それからはほぼ毎年、全国各地でPCOが出動しています。熊本では口蹄疫の発生時に消毒業務を担当し、獣医師たちとも連携しながら対応しました。今では私たちも“エッセンシャルワーカー”として、一定の信頼を得られるようになってきたと思います。
過去には災害時の出動などもされてきたそうですね。
はい。2011年の東日本大震災では、5月の連休明けに新幹線が再開した直後、協会のメンバー数名で被災地に入りました。町には津波で破壊された魚倉庫から魚が流れ出し、腐敗が進み、虫が大量発生していたんです。特に「ダイコクバエ」という、普段は山に生息する虫が街中にまで流れ込み、深刻な衛生被害の懸念がありました。
どのような対応を取られたのですか?
最終的に、国から1億5000万円の予算がつき、協会員9000人を動員。全国から人員と資材を集め、東北沿岸300〜400kmにわたる消毒作業を6月〜8月の間に実施し、ほぼ被害を制圧しました。この時の経験をもとに「全国で災害が発生した場合、協会が対応できる」というPR冊子を市町村に配布したんです。
行政との連携も強化されたのでしょうか?
そうですね。たとえば高知県から「津波が来た場合、支援は可能か」と尋ねられた際には、「全国から支援できます」と回答し、非常に感謝されました。一方で、「遺体の処理もしてもらえるのか」といった誤解もあり、私たちの役割については丁寧な説明が必要だと感じました。
その後も災害対応の機会はありましたか?
はい。熊本地震の際にも県からの依頼で協会が出動し、県の職員と連携して作業を行いました。東日本大震災の頃と違い、協会の存在が行政にも認識され、現場でも尊重されるようになってきたと感じました。
COVID-19では、どのような対応が求められたのですか?
パンデミック初期には、行政や企業から「とにかく何か撒いてほしい」という曖昧な依頼が多くありました。しかし、感染経路に応じた正しい消毒方法は「拭き取り」が基本なんです。ところが現場ではその認識があまり浸透していませんでした。
正しい方法はどのように伝えているのですか?
協会内には感染症の専門家もおり、正しい消毒手順をまとめた独自のテキストも作成しています。「ゴム手袋を使い、拭き取りの際は表裏を使い分ける」など、噴霧よりも確実な方法を推奨しています。ですが、当時は情報が錯綜しており、「撒いておけばいい」と誤解されるケースも少なくありませんでした。
現在の公衆衛生体制について、どのような課題を感じますか?
保健所の数も人員も減っており、感染症対応を担う体制が弱くなっています。その分、PCOの役割はますます広がっていますが、「誰がどこまで担うのか」という制度設計が未整備なままなのが現状です。
一方で、業界全体を発展させるには何が必要ですか?
公共性の高い案件では、業界の人たちはしっかり動いてくれます。ただ、それだけでは業界全体を育てるには不十分で、やはり投資が必要なんです。
資金の確保には課題がある?
そうなんです。理事会で提案しても、「お金がかかる」と言った瞬間に話が止まってしまうことも多くて……。皆でよくなるためにお金を出そうという意識が、まだ業界全体に根づいていないのが課題ですね。
行政との関係性はどうですか?
行政とは比較的良好な関係が築けていて、公的な支援を得られることもあります。ただ、一般市民や民間企業からの理解や支援を得るには、もっと工夫が必要です。
たとえば、どんな取り組みをしているのでしょうか?
新しい技術や考え方を導入するために、協会の下に委員会を設けて働きかけています。でも、資金不足の問題が大きくて、なかなか思うように前に進まないのが現状です。
資金以外に、業界を前に進めるうえで大切なことはありますか?
また、新しいことに取り組む姿勢や、新しい技術を積極的に取り入れる意欲も欠かせません。たとえば、ITや広報の専門家を外部から招いて、ホームページの作り方を実践的に学ぶなど、現場に即したスキルアップが求められていると感じます。