ご自身のキャリア背景は、まずリクルートでの営業からと伺いました。
はい、もう完全に資本主義ドリブンで、バリバリ営業やっていました。100%そっち側の思考だったと思います。
価値観が変わる転機は?
出産が大きかったですね。2011年1月に子どもを産んで、そのすぐ後に3月の震災があったでしょう。産休中だったけど会社から「あといくらで目標達成です」みたいな連絡が携帯に流れてきて。でもその一方で、命が生まれる現場に立ち会っていて、そこには数字なんて全く関係ないわけです。
何が起きるか分からない中で、産婦人科の先生や助産師さんたちは本当に肝が据わってて。それを見て、「あ、違う世界がある」って思ったんです。そこから「いい未来を残したい」という気持ちが芽生えて、子どもの頃の原体験──泥んこ遊びとか、虫捕まえたりとか、そういう“評価されない純粋な遊び”を思い出しました。そういう場所をつくりたいと思って始めたのが「はらっぱ大学」で、今は「じぶん旅」として続けています。
「情報」と「自然」に共通する部分があると?
そうなんです。たとえば山の中で「お母さんが言ったから一歩踏み出しました」じゃなくて、自分で安全確認して、自分でその一歩を踏み出す。それってすごく大事だと思うんです。情報も同じで、「誰かが言ったから信じる」じゃなくて、「自分で考える」。それができる人を育てたいという気持ちがずっとあります。
現在の活動を、具体的におしえてください。
今は生まれ育った場所の古民家や、印旛沼という水辺を活用して、「遊び」を通じた人材育成をやっています。地域の人たちとも協力して、地域振興的な要素も含めた活動です。
中井さんのご家庭は、どのような環境だったのでしょうか?
うちは、常に人が出入りしてるような家でした。祖父が農家で、父は兼業農家。田植えとか稲刈りの時期になると、親戚やご近所さんが手伝いに来てくれて、いろんな人が家にいるのが当たり前の環境だったんです。
おじいちゃんの友達とかもよく来て、作業が終わると一緒にお酒飲んだりして。家族は、三人兄弟に両親、おじいちゃんとおばさんで7人暮らしだったけど、それ以外にも畑を手伝ってくれるおばちゃんもいたし、本当に多様な人たちと一緒に過ごしていました。
そのような環境が、今の活動にも影響してると思われますか?
すごく影響してると思います。「人生はカオスだ」じゃないけど、生きてるって整ってなくて、常に混沌としてるもの。だからこそ面白いし、感覚の合う人とだけじゃなく、全然違うタイプの人と関わる事はすごく大事だなって思います。
子どものころ、同じことをしても、あるおじちゃんは笑ってくれるけど、別のおじちゃんにはめちゃくちゃ怒られる、みたいな(笑)。そういう経験から、「答えは一つじゃないんだな」と自然と学んでたと思います。
現在の活動でも、「いろんな大人に出会える」ということを意識されている。
まさに。たとえば最近だと、弓矢作りが得意なおじちゃんが来てくれて、子どもたちに教えてくれるんですよ。「吉田さん、すごい!」ってなって、弟子入りする子まで出てきたりして(笑)。紙飛行機のおじちゃんとか、野菜をくれる近所のおばちゃんとか、いろんな大人が自然と関わってくれてる。子どもたちも、「大人=親や先生だけじゃない」ってことを肌で感じてくれるんです。
大人たちも「子どもと接する」ということの意味や価値を感じるということですね。
そうなんです。子どもと接する事は、癒やしとかだけじゃなくて、自分の中のなにかが動く感覚があるんですよね。だから、大人だけでもいいし、子どもだけでもいい、っていう場じゃなくて、いろんな世代が混ざってるっていうのが、やっぱり一番自然だなと思ってます。
「じぶん旅」のお話を、もう少し教えてもらえますか?
「じぶん旅」は、まだ私の中でも模索中ではあるけれど、一番大事にしているのは「決断できる人を育てたい」ってことなんです。何か大きな問題を解決するような決断じゃなくて、日常の中で、自分で一歩踏み出すとか、自分で判断して行動するという、そういう「決める力」。
それには、成功も失敗も含めていろんな経験が必要だと思ってます。親御さんたちには「いい子に育てなきゃ」とか「優秀に育てなきゃ」っていう気持ちがあると思うけど、まずはその肩の力を抜いて、「のんびりしていってください」と伝えてます。
それで「OSをアップデートする」という話にも繋がってくるんですね。
そう。私たちのスタッフの間では、「OSをアップデートする場」って呼んでいて。何か悩みがあって来ても、話を深掘りして聞くわけじゃないんだけど、ここにいると自然にリラックスして、ちょっと元気になって、結果的に「なんか変わったかも」ってなってくれるような、そんな場を目指してます。
参加する子どもたちは、どのようなお子さんが多いですか?
エネルギーが有り余ってる子たちが多い印象ですね。特に都内に住んでる家族は「遊びに行ける場所がない」とか、外遊びがしづらいって感じてる人が多いから、ここに来て全力で走ったり、泥んこになったりすることで、のびのびできるんです。
すごく良い循環ですね。今、見えてる課題はありますか?
やっぱり「マネタイズ」ですね。そこが一番のリアルな課題。でもお金の話をするにしても、「どう稼ぐか」っていうより、「この価値をどうやって循環させていくか」っていう視点が大事で。それが必ずしもお金とは限らないし、今その辺をすごく考えてます。
作りたいのは、「子どものための場」じゃなくて「社会の場」。だから、ちっちゃい子もいれば、年配の方もいるし、家族関係とか関係なく、いろんな人がごちゃ混ぜでいる、っていうのが理想なんです。
年配の方たちとの関わりについては、どう考えていますか?。
今は参加者の方が知り合いを連れてきてくれたり、ご近所さんに声をかけてくれたりしてるんですが、「動ける世代」はなんとなくフィットしてきていて。ただ、もう少し体力が落ちてきた世代──たとえば、70代以上の人たちにとっても心地よい場をどう作るかは、これからの課題ですね。
それこそ「縁側」のような場所も必要になりますか?
今は活動のほとんどが屋外だから、中と外の間みたいな空間──縁側とか小屋とか、ちょっと腰を下ろして会話できるスペースをもっと大事にしていく必要があるなと思ってます。
「決断できる人」が増えると、どんな未来が見えますか?
やっぱり「自分で動ける人」が増えると思います。今って、どうしても「誰かが言ったから」とか「会社がこう言ってるから」って理由で動いてる人が多いじゃないですか。それ自体を責めるわけじゃないけど、そうじゃなくて、「自分はこうしたい」っていう感覚で動ける人が増えたら、もっと面白くなるでしょうね。
海外からの参加者も増えているそうですが、言葉が通じなくても、遊びは繋がるんですね。
本当にそう。言葉が通じなくても、一緒に笑って、何かを一緒に作ったりすれば、すぐに友達になれる。そういう体験を子どもたちにもしてほしいし、「この国の人知ってる」っていう感覚は、すごく大事だと思います。
単に「外国」じゃなくて、「知ってる誰かがいる場所」になると、距離感が一気に変わるんですよね。だから、そういう感覚を育てる場にもしていきたいなって思ってます。
年配の人も含めて「最後まで生きる場を作りたい」という話がありましたが、それについてもう少し聞かせてください。
最終的には「ホスピス」のような場を作りたいと思ってるんです。ただ、従来の「死ぬための場所」ではなく、「最後まで自分らしく生きられる場所」にしたい。役割を持って、当事者として関われる、そんな“生きる場所”を目指しています。
既存サービスとの違いは?
いわゆる「おもてなし型のデイケア」とかじゃなくて、「一緒にやる場所」にしたいんです。たとえば、「梅干し作りたいんですけど、誰か知ってますか?」「この火見ててもらっていいですか?」みたいに、みんなで関わりながら何かをやる。役割がある場所って、すごく大事なんです。
活動されている場所は印旛沼だとお伺いしました。
そうそう。印旛沼って、実は日本で2番目に汚いって言われてたりするんだけど、意外ときれいなんです。行政とも一緒にやっていて、「ダンボールイカダカップ」っていうイベントをやっています。ダンボールでイカダを作ってレースをするんですが、大人も子どもも一緒になって、楽しみながら失敗もするっていう。
まず“やってみる”ってことがすごく大事で。そういう経験が今の子には本当に必要だと思ってます。
我々の世代は、「沼は汚いから入るな」とか「水辺は危ない」って言われてましたが、実際に入ってみると魚もいるし、ザリガニもいるし、そんなに汚くない。「意外と遊べるじゃん」ってなるんですよね。で、それがきっかけでSUP(サップ)を買って、一緒にまた遊ぶ家族もいたり。水辺がより身近になってくるのがいいなって思ってます。
今は情報が多すぎて、なかなか最初の一歩が出せない人が多い。でも、実際に足を入れてみることで、自分の感覚で「大丈夫」とか「これは危ない」っていうのがわかってくる。そういう感覚を育てることも、自然の中で遊ぶ価値のひとつだと思ってます。
そういうリアルな体験が、子どもにも大人にも必要なんですね。
その通りですね。やってみて、夢中になって、気づいたら楽しんでて、そこに学びがある。そんな場をこれからも増やしていきたいと思ってます。
今は子どもたちが自由に動き回れる場所をやってるけど、ジャンプするように見えて実はつながってるんですよね。人生って、生まれてから死ぬまで全部つながってて、どこかで“終わり”が来るわけだけど、今の社会ってそれを見ないようにしてるじゃないですか。でも私は、それをちゃんと見て、関わって、納得して生ききるっていうことを応援したいんです。
サービスとして提供するというより、「一緒にやっていく」というスタンスでしょうか?
そうです、それがとても大事なんです。たとえば「ご飯できましたよ」って出すんじゃなくて、「一緒に作ろうよ」って言いたいし、「ちょっと火見ててくれる?」とかっていう感じで関わってほしい。役割がある場所。年配の人も、ただ“お客さん”として来るんじゃなくて、「自分もその空間の一部」だって感じられるような。
共に作って、共に失敗して、共に喜ぶ。そういうことを通して、「最後まで自分の人生を生きる」ってことを、子どもにも、大人にも、年配の人にも体験してもらえたらいいなって思ってます。
“役に立ってる”って感覚って、生きてる実感になると思うんです。だから、ただ「いてください」じゃなくて、「ここで一緒に火を見ててくれませんか?」って頼ること。それが大事。
中井さんが作りたい「場」は、最初から“整った完成形”じゃない。
全然です。むしろ、完成させないくらいのつもりです。ちょっとずつ、余白を残しながらやっていきたいと思っていて。決まりきったプログラムをやるわけじゃなくて、来た人たちがそのときに作る関係性とか、その場の空気で、流れが変わっていく。それを面白がれる人とやっていきたいって思ってます。
再現性はないけど、関わった人たちにとっては、すごく本質的な時間になってると思うんですよね。私たちが用意するのは、ただ「ここにいる理由」と「関わる余地」。
それだけで、あとはもう、そこにいる人たちが作ってくれると思ってます。
現代は、“理由なく存在する”ことが難しい世の中でもあるのでしょうか。
だから「ただ一緒にいる」ことの価値を、もっと見直したいなと思ってるんです。で、それを子どもにも伝えていきたい。「何かができる」とか「成果を出す」とかじゃなくても、「あなたがいるだけでありがたい」という、そういった感覚です。
そのような感覚は、“いのちを終える場所”でも必要であると。
まさに。だから、「最後まで生きる場所」っていうのは、遊び場と地続きなんですよね。
“ちゃんと生きて、ちゃんと死ぬ”っていうのを、人生のどの地点にいても経験できるように。
それを一緒に作るというのが、今の夢です。
人って最後の最後まで「与える側」でいたいんじゃないかなと思ってて。
ほんの一言、ちょっとした表情とかでも、それが誰かの支えになったり、教えになることもあリますよね。だから「最後まで自分のままでいられる」「誰かと関われる」「生きてるって思える」って、そういう場を作っていきたいなって思うんです。
遊び場と地続きなんですね。
「子どもたちが遊ぶ場」と「高齢者が最期を迎える場」、全然違うように見えるけど、実は本質は同じ。「自分で決める」「関われる」「役割がある」ってことです。
年齢や状態じゃなくて、「人として」そこにいられる場所。
あくまで「一緒に生きる」ということ。
それをどう形にしていくかは、まだ試行錯誤中です。そういう“場”がいろんなところに生まれていったら、たぶん世の中が少し変わると思うんです。
お金を出して“してもらう”のではなくて、“一緒にやっていく”ことが当たり前になるような社会。それが理想ですね。
“正解を出す人”じゃなくて、“選べる人”であってほしい。
人生は、正解より「選び続けること」の方がずっと大事だと思うんです。
選ぶには、“今の自分”をしっかり見てないとできないし、経験が必要なんですよね。
遊びや、失敗とか、人と関わることも含めて、そういうこと全部です。
今の活動を10年、20年と続けた先、どんな世界が広がってるといいなと思われますか?
今よりちょっとだけ、みんなが楽に息ができるようになってたらいいですね。
誰かの“理想の生き方”じゃなくて、自分にとっての“ちょうどいい”を見つけてる人が、もうちょっと増えてたらいいなって。
あとは、「他人と比べる」っていうのが、少しでも減ったらいいですね。
虫とか沼とか、そういうものと遊んでたら、「人と比べてどう」とか、どうでもよくなってくるんですよね(笑)。
だから、そんなふうに「人間も自然の一部だよね」って実感できる場所を、これからもゆるく続けていけたらいいなって思ってます。