村田園長のこれまでのご経歴について教えていただけますか。

大学を卒業して、1年半ほどしてから神戸市に就職しました。配属先は衛生局の保健所で、そこで環境衛生や食品衛生の業務を担当しました。たとえば食中毒対策、公衆浴場の衛生管理、飲食店の衛生指導などですね。

もともと私は獣医でしたので、動物に関わる仕事がしたくて。ご縁があって、王子動物園に配属されることになりました。それが就職から2年弱後くらいで、そこから約22年間、飼育動物の獣医師として勤めました。

その間、コウノトリの保護・増殖や野生復帰の仕事にも携わりました。また、野生動物の衛生管理に関する仕事にも関わっていて、兵庫医科大学の研究生として遺伝学の研究も続けていました。

そうこうしているうちに、東京の大学から声がかかりまして、野生動物学の研究室を主宰することになり、14年ほど教授職を務めました。

その途中、横浜の動物園の在り方を考える懇談会という委員会に任命されました。その在任中に、当時の園長が突然亡くなってしまって、空白の時期ができたんですね。空白はよくないということで、私に白羽の矢が立って、教授職を続けながら園長を兼任する形になりました。それが5年ほど続きました。

そして大学を定年退職し、一昨年からは園長職と、園内に併設されている「横浜市繁殖センター」の参事を務めています。いまの肩書きはそのふたつですね。

園長というのは、じつはけっこう珍しいケースです。日本ではあまり例がなく、海外ではいくつか前例がありますが、国内では数少ないと思います。

横浜に来てからは、どういったことに力を入れておられますか?

ズーラシアという動物園は、日本の中でも少し特殊な立ち位置にあって、希少種の繁殖や保全を中心に設立された背景があります。そのため、オカピやテングザルといった、日本では見られない絶滅危惧種の飼育下繁殖に取り組んでいます。

それと同時に、元々の生息環境を保全する必要もあるので、環境教育にも力を入れています。

また、国際的な取り組みとして、アフリカやアジアの国々と連携し、現地の野生動物の保全活動にも協力しています。

教育の面では、どのような取り組みをされていますか?

今は「環境教育」から「保全教育」という名称に変わってきています。これは、生物多様性の保全に役立つ情報や知識を学ぶというもので、動物園という環境で実際に野生動物を目の前にしながら学べるという、非常に恵まれた場を活用しています。

そうして、子どもたちや大人たちに、動物を守ることの大切さを伝えるだけでなく、その動物たちが暮らす環境を良くしていくという意識を持ってもらうことが重要だと考えています。

また、日本で生活する私たち自身の暮らしとの関わりを知ることで、それが「行動変容」につながる、つまり行動が変わっていくことを目指しています。

その行動変容は、具体的にはどういった形で見られるのでしょうか?

たとえば、ズーラシアでは「ズーラシアスクール」というプログラムを提供しています。これは小学4年生から6年生を対象にした半年間の保全教育カリキュラムで、子どもたちは学んだ内容を発表して卒業していきます。

その子どもたちが家に帰って、「電気を消そうね」とか「ゴミはちゃんと分別してね」と家族に話すようになります。それが行動変容だと思っています。

なるほど。社会全体をすぐに変えるのは難しくても、個人の意識から変えていくと。

そうですね。個人の意識を変えて、身近なところから少しずつ変化を起こしていく。そういった積み重ねが、社会を変える原動力になると思っています。

そのための取り組みとして、他に行っていることはありますか?

ホームページやブログでの情報発信、飼育係がガイドを行う際に環境と生活のつながりを話すなどの工夫をしています。

たとえば、東南アジアでパームオイルを採るためにジャングルが開発されていて、それがテングザルやゾウの生息地を奪っているという現実があります。そういう話を、私たちが日常で石けんを使ったりラーメンを食べたりする場面とつなげて考えてもらうことで、意識が変わるんです。

今後は、より広い取り組みも考えていらっしゃるんでしょうか?

はい。将来的には「ズーラシアサンクチュアリ」と呼ばれる、アフリカや東南アジアの野生動物の生息地保護に関わるようなプロジェクトを作りたいと考えています。

実際、ヨーロッパやアメリカの先進的な動物園では、すでにそうした活動を行っています。動物園で得た知識や技術を使って、現地の生息地保全に取り組み、そのフィードバックを展示や教育に生かしているんです。

世界的な連携の中で、動物園の役割も変わってきているのですね。

そうです。たとえば「世界動物園・水族館協会(WAZA)」という団体では、「動物園は社会変革のヒーローでなければならない」というようなメッセージが出されています。

ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、動物園や水族館を訪れる人々が楽しみながら保全について学び、ステップアップして、地球環境全体の保全に繋がっていく。そういった考え方なんです。私もその言葉を胸に、焦らずに一歩ずつ社会変革を目指していきたいと思っています。

動物園の歴史にも、そうした変化の背景があるのでしょうか?

はい。実は動物園というのは非常に古くて、エジプト時代から野生動物を飼育した記録があります。中国や古代エジプトの王様や貴族が、権威の象徴としてライオンや虎を飼っていたのが始まりです。

日本でも飛鳥時代の遺跡から、野生動物を飼育していた痕跡が見つかっています。

そして近代に入って、動物学や博物学が発展する中で、動物園は研究の場としての意味合いを持つようになります。たとえばパリやロンドンでは、動物学を基盤にした動物園が開設されました。ロンドンの「モダンズー」はその代表で、今でもその理念が受け継がれています。

もともとは権威の象徴として始まった動物園が、研究を経て、今のような保全の場へと変わってきたのですね。

最初は個人の趣味やステータスだった動物飼育が、動物学の発展とともに、展示だけではなく、その動物たちの生息環境まで考えるようになっていきました。

1960年代、70年代になると、野生動物の生息地がどんどん悪化しているという現実が明らかになって、動物園や水族館が野生から動物を捕まえて展示するだけではいけない、保全に力を入れるべきだという意識が高まってきたんです。

現在の動物園も、その流れを受け継いで保全活動に取り組んではいるのですが、まだまだ進化の余地があります。もっと進化した姿の動物園が求められているという状況ですね。世界中の動物園関係者たちも、日々その進化について考えています。

日本の動物園も、その進化をどう実現していくかが問われる中で、少子化などの社会構造の変化はどう影響していると思いますか?

日本は本格的な少子高齢化に突入していて、年齢層もだいぶ変わってきています。そうなると、動物園の役割も少しずつ変化していくと思うんですよね。

これまで「集客」や「娯楽」が主目的だった部分が、もっと研究や教育、保全という方向にシフトしていくかもしれません。

来園者が減ってしまうと、運営も難しくなりますよね。

まさにそれが今、動物園が一番頭を抱えている問題です。来園者が増えなければ経営が厳しくなる。だから集客力のあるイベントなども考えますが、それって本当に動物園の役割なのか?と自問するわけです。

ご自身の経験から、そう感じられたエピソードはありますか?

私が園長に就任したばかりの頃、横浜市からは来園者数の増加を期待されていたんですが、思うように増えなかったんです。それで市の担当局長に謝りに行きました。「申し訳ありません、増やせませんでした」と。

するとその局長が、「村田さん、動物園ってお客さんを集める場なんですか?それが目的なんですか?」と聞いてきたんです。

それは印象的な言葉ですね。

私も「そうは考えていません」と答えました。やっぱり、動物園って、特に子どもたちにとって、野生動物を間近で見て、感動したり驚いたりする体験がある場所じゃないですか。その体験を通じて、「自然を守ろう」という気持ちが育つ。局長は「センス・オブ・ワンダー」という言葉を使っていました。つまり、自然に対する驚きや不思議さを感じる感性です。

園長ご自身も、その言葉に改めて気づかされたんですね。

はい。それまでも「センス・オブ・ワンダー」という言葉は知っていましたが、自分が園長として本当にそれを大事にしていたかというと、反省するところがありました。

やっぱり「数」ではなく「質」を重視すべきだと。来園者数だけを追うのではなく、来た人たちがどれだけ心を動かされたか、どれだけ学びや気づきを持ち帰ってくれたか。そういう“質”が、将来の動物園の生き残り戦略にもつながると思っています。

環境教育も「楽しく、気づきを与える」ことが基本になると。

そうです。環境教育といっても、堅苦しくては意味がありません。誰もお金を払って難しい勉強をしに動物園に来るわけじゃないんです。やっぱり楽しく過ごしながら、自然と何かを学んで帰ってもらう。

でも、その裏にはちゃんとした科学や学問の支えが必要です。基礎になる知識や情報があって、それをどううまく伝えていくか。それが大事だと思っています。

世界にはさまざまな動物園がありますが、園長が印象に残っている動物園はありますか?

そうですね、本当にたくさんあります。それぞれが異なる考え方や見せ方を持っていますが、やはり「見えない部分」に力を入れている動物園はすごいなと感じます。

たとえば、ニューヨークのブロンクス動物園。世界的にも有名で規模も大きいですが、彼らが特に力を入れているのは、バックヤード、つまりお客様から見えないところなんです。

そこで、野生動物の繁殖を本格的に行い、個体群の維持に努めています。

展示の裏側で、しっかりとした保全活動が行われているのですね。

はい。そして、この動物園を運営しているのは、以前「ニューヨーク動物学協会」と呼ばれていた団体で、今は「ワイルドライフ・コンザベーション・ソサエティ(WCS)」と名乗っています。野生生物の保全を目的とした団体ですね。

この団体は、30か国以上に研究者を派遣して、現地で実際に保全活動や調査を行っています。しかも、その活動に対してあまり見返りを求めていないんです。
昔は保全のために動物を輸入する流れもありましたが、今はもう違います。野生から動物を採取するのではなく、「その生息地をどう守るか」というところに力を入れていて、その結果得られた情報を展示や解説に反映させているんです。

その姿勢が評価されて、支援も集まると?

はい。それが評価されて、支援してくれる方々、つまり寄付者ですね、そういった人たちが集まるんです。中には裕福な方々もいて、大きな寄付をしてくれる。

その寄付金で良い活動ができるし、動物園自体の運営にも役立っています。

ヨーロッパでもそういった事例はありますか?

あります。たとえばスイスのチューリッヒ動物園ですね。寄付金をどう集めているのかを聞いたことがありますが、彼らは「集めるのは難しくない」と言っていました。「難しいのは、その寄付者の想いをいかに反映した形で使うか」。それができないと、すぐに寄付は集まらなくなる、と。これは本当に印象的でしたね。

最後に、未来の動物園や地球の未来について、園長が描いているビジョンがあれば教えてください。

そうですね……まず正直に言うと、今見える地球の未来って、そんなに明るくはないと思ってるんですよ。環境も、政治も、社会も、さまざまな面で不安がある時代です。

ただ、だからといって嘆いてばかりいても仕方がない。環境分野では「エコフォビア」っていう言葉もあるくらいなんです。

「地球環境はもうダメだ」とか、「絶滅危惧種ばっかりで、何をやっても無駄だ」と感じてしまうような、そういう心理状態を指します。特に若い子どもたちが、そう思ってしまって、逆に環境に興味を持たなくなってしまう。

絶望感から、関心を失ってしまうということですね。

そうなんです。だから、そうならないためにも、「まだ環境は回復できる」「未来は変えられるんだ」という前向きなメッセージを、動物園として発信していく必要があると思っています。

「どうすれば明るい未来にできるか」を一緒に考えて、行動変容を促していけるような、そんなアイデアを出し続けていきたいです。

こうしたメッセージを発信していく動きは、企業や行政の取り組みとも連動しています。

特に「TNFD」という、生物多様性に関する財務開示の枠組みが始まっていて、世界中の大企業がその報告を求められています。

「どれだけ生物多様性の保全に貢献したか」を、株主や投資家に見せる時代になってきているんですね。

それは、経済活動の中に生物保全を組み込もうとする、新しい流れだと思っています。動物園もその中で、新たな役割を果たしていけると考えています。

1970年代以降、「本当に蚊を殺せばいいのか?」「ゴキブリをすべて駆除するのが正解なのか?」といった疑問が出てくるようになりました。

無菌の世界が「きれい」なのか?という問いです。

たしかに、従来の価値観だけでは難しいですね。

はい。今では、そうした生き物が自然の中で果たしている役割を考えて、どううまく付き合っていくか、という発想に変わってきています。

ただ駆除するのではなく、共生する道を模索する。そういう取り組みが広がってきているんです。

抗生物質や農薬に対する耐性などの問題もありますよね。

ありますね。微生物や昆虫たちは、人類よりもはるかに長い進化の歴史を持っていますから、抵抗力がすごく強いんです。

マラリアの防止薬も、今ではほとんど効かなくなってきています。そういう意味でも、単純に「排除」するやり方はもう限界に来ているのかもしれません。

だからこそ、共生の道を探る必要がある。

そうです。空気や水、土といった「生存の基盤」がなければ、経済活動も成り立ちません。

社会インフラ以上に、生きていくためのインフラが必要なんです。それを守らずして、鉄鋼業や自動車産業は成立しない。

地球の未来、そこまで暗くはないという感触をお持ちなんですね。

はい。私は、人類はそこまで愚かではないと思っています。
自滅するほどではない。まだ希望はあると、そう思っています。